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<安 土 桃 山 時 代>

    

      一世紀にも及んだ戦国時代の戦乱もようやく収まり、国内が久し振りに安定を取り戻し、

     国内外を含む各地との経済・文化の交流を反映した新鮮味豊かな、豪華で壮大な

             文化が生まれた。

地  区

建 物

創 建

概    要

写  真

交 通

東山区

方広寺

1586年

 豊臣秀吉の創建。

かっては奈良の東大寺を上回る、高さ
19mの大仏を安置し、三十三間堂を含
む壮大な寺域を誇っていた。

地震で破壊されていたのを、徳川家康
の進めにより、秀頼が再建したが、鐘楼
の銘文に刻まれた「国家安康」の文字
を、家康の文字を分断したととがめら
れ、結局このことが発端となり豊臣家滅
亡につながることとなった。


京阪

「七条」

歩5分

豊国神社

1598年

豊臣秀吉を祀る神社。

豊臣氏滅亡後、徳川家により取り壊さ
れ、現在の社殿は明治に再建されたも
の。

南禅寺の金地院から移築された唐門
は、伏見城の遺構。


京阪

「七条」

歩5分

右京区

常寂光寺

1596年

開基は本圀寺の日禎で、当地に隠棲し
たのが始まり。

本尊は十界曼荼羅。

多宝塔(重文)は1620年の建立。


紅葉

バス停

「嵯峨

小学校」

歩10分

市 内


数か所

御土居


外敵の来襲に備える防塁と、鴨川の氾
濫から市街地を守る堤防として、豊臣秀
吉が築いた土塁。

土塁の内側を「洛中」、外側を「洛外」と
言った。

「蘆山寺」の境内のお墓の奥や、「北野
天満宮」の境内、その他市内数か所
に、その名残が見られる。


バス停

「府 立

医大前」

すぐ